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☆太古の麻と精神文化

太古から人々は麻を原料に麻布を織りこれを纏ってきました、麻は神のお召し物としても神道に欠かせないものであります

麻について、九十八代 家元 藤原和晃 氏が神儀古式宮舞に伝わる古文書「タマヤフルコトフミ」より記述して下さいました。

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太古の麻と精神文化

  - 古文書「タマヤフルコトフミ」により-

神儀古式宮舞

九十八代 家元 藤原 和晃

太古の我が国は、「ヒミ」と称され精神面を司どる民族でありました。しかしながら、地上に於いて人類が肉体を持って生きられる様々な幸を、大元の神々より準備して戴き、恩恵を賜わりながらも現代地球規模の異常は、何ゆえの事でありましょうか。

特にここ五十年余りの間に、環境問題はふくれ上がっている訳でございます。

 

 

 太古からの古文書「タマヤフルコトフミ」に記されている“ヒミノオホアサ”を用いて衣食住、燃料に致る迄生活に密着していたという時代から見ると、とても想像だに出来ない現象でありましょう。

 この古文書は、神武期以前の史実が記されておりまして、後にその史実を表に出させてはならないという政治の働きに依り、幾度もの弾圧を乗り越えて何とか隠し続けて参った書であります。この正史が存在する事を阻む何らかの意図が有ったものと思われますが、ここでは古文書の中のほんの一部ではありますが、浄めのオホアサの事に触れてみたいと思います。

 本来神職やミヤツカサは、マツリの場にて必ず植物の中でも浄めのエネルギーが強いヒミのオホアサを用いる事は記録に記されておりますが、これは上古代の途中からであり、太古代では使用した記録は有りません。浄めの内容は、“キヨメのスベ”を行なっており太古代ではアサでのキヨメは全く必要が無く、霊力(ヒリキ)でのスベ()が一般的だったのです。ところが上古代二十一代目のスメラミコトの時よりヒミノオホアサをスメラミコト自ら身に付け神々への祈りと御寝食を共にされ、天祖神・皇祖神・人祖神の大元の神々への儀式を執り行なったとされております。「ヒミ」の国の太古の神祀りの記録は、上古代十代目スメラミコトであるタカミムスヒの神の時から、前期の三大大元神が祀られておりまして、中々と興味深い内容です。又、祀り方も上古代と神武期以後の祀り方とは、かなり違っており、神武奇以後は、ほぼユダヤ神殿形式が取り入れられ、現代に至っています。上古代の祀りには、すでに古代麻が登場致しますが、現在につながる祓い串なるものとしては、もっと後になるのです。祓い串の扱い方も、今とは違っております。

 それでは、この紙面をもちまして上古代中期頃の神祀りの様子を古文書に基づき、基体となる内容のみ記させて頂きます。まず、上古代の祀りに神殿は無く自然の中で最も気の良い場所が、ヒミノカタシロと申して今で申さばヒモロギと言えるでしょう。特に自然の岩石の中でもエネルギーの強い石を真中にグルリと大きな円を描き、天ノイワクラにして儀式を行ったのです。円の内では、まず祀りのツカサとヒミノミコが浄めの術(スベ)を内外で向かって施し、同時につなぎの言霊と音霊にて奉仕致します。その後、各方位に設置された平らな置き台の上には、各所のオホアサが献上され、残りの方位の台には山の幸・海の幸等が感謝の思いで献上されます。この際、ミケを担当するのは、トヨウケの子孫であり東北方面の幸が結構多く上がったとの記録も見られます。又、献上されるヒミノオホアサは全工程を終え、とても綺麗な黄金色であった様で、その中からスメラミコトが直にマツリ事に使われるアサを選出されております。後の麻は、祀りのツカサやミコが次の祭事に衣として身に着ける決まりとなっております。祀りに欠かせぬ言霊。音霊ではイワ笛や三ツ鈴。そして太鼓の部類、つまり打楽器。色霊では五ツ色の、のぼり旗。フリ霊では、宇宙の法則に乗ったタマヤフリが奉仕に入ります。フリ霊の代表となるタマヤのミコも祀りには、ヒミノオホアサを身にまとい神事に入っておりました。ですから私共、宮舞(タマヤマヒ)では古代の舞は必ず、御奉仕で麻の衣を用いております。エネルギーの強い、ヒミノオホアサは後世の記録には、「日身の大麻」と示されましてその時から太古文字である「タマヤ文字」で記録されている部分は、ほとんど形を消しております。

 

 又、古文書の中には神武期以後に

『クスノチニヨミノオヲコシキタニテ、エダノモノホウセシヤ。ソノユカリノチニ、イノサヒミノカミタマヤタツ。エダノタミコノチコソアマノヒノミハラナリトモウシテ、エダノマツリモトナシタモウニアタリ、モトス、マモルヒミノミコノミヤクモチタル、ヒミコトフリツギノタマヤメイカリテ、ヒミノオホアサフリカザシ、コトノリアゲシトキウシロヨリ、エダノタミスルドキモノツキサシテ、ミコノミヲチニイザナワシメル。トキオナジク、チユレノカミオデマシナサリ、アマノヤマノハワレテ、ヒ、フキタチノボリナルカタシメシヲアタワル。ヒノカミ、コノヤマヲ、アソトシメサル。』

少々長くなりましたが、ここにもヒミノオホアサのくだりが入っております。簡単に訳しますと次の流れとなります。

 「クスノチ」とは現在の九州の事で「ヨミノオヲコシキタリテ」は、物質を司る国、つまり日見の精神文化を司る働きとは逆の、夜見の国の事であり、国旗には主に星や月で表される国の代表者が来て、夜見の国々の布を、日本の天皇に差し上げようと海を超えて来た訳でありますが、大変良い気を受けるミハラを見つけ、その地にエダ、つまり夜見の国と同じであり、言葉を正すとユダとなるが、ここでは夜見の国の王者的存在でもある、ユダヤ形式に基づいて神宮なる物を建てて、九州の地を制圧しようと計画をした訳です。それを知った日見のミコは(略名ヒミコ)、とんでもない事であると怒り、夜見の権力が及ばぬ様に、全ての霊力を持って言霊とオホアサと術(スベ)を用いての大きな祈りを行おうとしたのです。その為に殺されたのですが、一部割愛させて頂いたくだりでは、ヒミコが息を引き去る直前に側近のミコに伝えている内容があります。『我が身は亡びようとも意識はこの山を守る為にも、この地に生き続ける。全ての大元を守り抜け』と。それから、「イノサヒミノカミタマヤ」という部分は、イノサは五つの幣(ヘイ)の元の言い方であり、現在阿蘇のふもとに幣立神宮なる古い歴史を持つお社がございます。アマノミハラのくだりは、幣立神宮へ以前伺いました折り、近くの地に「馬見原」(マミハラ)と申す処を見付けました。古文書にはアマノヒノミハラと記され、意味は天光原(アマミハラ)であり、後に、渡来の民族が馬見原と変えてしまったのです。又、幣は古くからノサと称し古代麻の浄めと同じ意味を持つものです。沖縄方面のシャーマンの方々は「ヌサ」と申される様ですが、神との祈りには、このノサを用いるのが通常でございます。只、大元の言霊は、浄めと祈りの時の祓い串の事を、イノサと申し、大元の神々の意を乗り合わせる理の意味を秘めて居ります。前記に示したヒミコも、この浄めと祈りの強さを持つイノサの、(工程を手掛けぬ前の素のオホアサの)本体を振った訳です。まず左側で大きく円を描くように、次は右側で同じく、次に真上で中心位を定め左回りで大きくハラヒ、最後は地を指してハラおうとした瞬間に阻止され殺される事となったのです。しかし側に居た身内のミコに依り受け継がれ、後世への神事に使われる祓い串として伝えられているのでございます。強いて言わせて頂くならば、古代と現代とでは祓い方が大きく違う事と、古代麻、つまりヒミノオホアサが、長年に渡り輸入の麻が大半を占め、見失っている訳であります。その為今では天皇の御即位の神事でも輸入品が使われる現状でございます。

諸問題を抱える地球。地球創生より神々のお働きに依り全ての恩恵を賜った人類の星。想念毒や石油に頼り切った物質に依る公害汚染毒。人類が便利さと物欲で蒔ききった種は、人類の住む地球や人体のクリーニングに依り刈り取るしか術は無いのかもしれませんが、精神と物質のバランスを取り戻す為にも太古を振り返り、植物の麻文化に今一度見直す意識を持ちたいものでございます。

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