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6月度 講話会のお知らせ

◆ ニッポン・スピリチュアルの世界 シリーズ ◆


<6月度講話会>

 

6月度は、日本国内の聖地を巡り、日本を中心とした霊性復権運動を提唱されている神秘学研究家・岡田光興氏をお招きします。

「3・11大震災も文明史と人類の“転換”の“神的トリガー”。民衆宗教に神的源流を持つ『日月神示』には、“光蔵”された人類の“超救済プログラム”がある!。『日月神示』にまつわる神道霊学的秘話などを、お話したい…」

 と岡田先生は云っておられます。興味あるテーマです。ぜひご参加ください!

◎ 講師:岡田 光興
(おかだ みつおき)氏 
 
(未来潮流研究会 代表.日月神示・神道霊学研究家.東洋及び西洋神秘学研究家)  

テーマ

 ◆『6月は夏越の祓の月.今月も大祓詞を唱えよう』 
    
奉唱指導・司会:奈良 泰秀

 ◆『日月神示と2012・ソウルアセンションの神刻(かみとき)』
    
講演:岡田 光興 氏  

日 時:平成24年6月9日(土) 
      午後6:00開始~午後8:30 (午後5:30開場)

会 場:高円寺 氷川神社 〒166-0003 東京都杉並区高円寺南4-44-19
    (JR高円寺駅南口より徒歩5分)

入場料:予約:1,500円(当日:2,000円)※古神道講座受講生:1,000円

※ご予約締切:6月6日(水)。定員になり次第締め切ります。 
※ 入場料は当日受付でお支払ください。

詳細・お申込みは公式サイトをご覧下さい。

莫越山神社(千葉県南房総市沓見)

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 千葉県南房総市(旧丸山町)沓見に安房国を開拓した忌部一族の祖神を祀る、式内小社・莫越山神社の論社が御鎮座する。

 『神名の語源辞典』(志賀剛著)によると、「旧丸山町の丘の先に円錐形の秀麗な莫越山がある。次の歌はこの山を詠んだものである。

わがせこを莫越の山の呼子鳥 君呼びかへせ夜のふけぬとに(『万葉集』)

ナコシは「越すな」の意。神聖な丸山であるから越してはならぬという意味から「莫越山」と名付けたとされた。」とあり、古くからの信仰を偲ばせる。
当社から5Kmほど離れたの宮下の渡度山の麓にも、沓見の莫越山神社と同じ由緒を持つ論社が御鎮座する。

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 当社の主祭神は手置帆負命(たおきほおいのみこと)、 彦狹知命(ひこさしりのみこと)。相殿に彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、 鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと) 豐玉姫命(とよたまひめのみこと)を祀る。

 莫越山神社の社記によると、創祀は神武天皇元年、天太玉命(あめのふとだまのみこと)の孫神、天富命(あめとみのみこと)が忌部の諸氏を率いて、安房の国に来臨し、東方の開拓をされたおり、忌部の祖神である天太玉命を奉斎した(安房神社)。天富命の随神として当地に移り住んだ、天小民命(あめH19327_0051_2のこたみのみこと)と御道命(みちのみこと)も祖神である、手置帆負命、彦狭知命を
当社莫越山におまつりして、祖先崇敬の範を示したことに始まると記されている。境内社の若宮神社は、当社を創建した天小民命と御道命を祭神とする。

 『古語拾遺』によると手置帆負命と彦狭知命の二柱神は天照大神の瑞殿(みずのみあらか)を造営、威儀物となる矛や楯などの武具を作製した。また、手置帆負命と彦狭知命の子孫が神武天皇の橿原宮の造営を行ったとする。こうした御神徳により工匠の祖神と崇敬されており、地鎮祭、起工祭、釿始、柱立祭、上棟祭、葺上祭などの主神として奉斎し、小屋安大神(こややすのおほかみ)、また家宅守護の祖神として崇敬されている。

 相殿神の彦火火出見尊、鵜葺草葺不合尊、豐玉姫命の三柱神は、敷物の祖神で畳業家の崇敬が篤く、また、安産育児、海猟海上安全などの信仰もされている。

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 権祢宜の齋東真弓さんから、お話を色々と伺った。江戸末期には江戸を中心に相次いで結成されるようになった大工職人や建築業者の祖神講の信仰を集め、社殿や額などは祖神講の寄進、奉納によるものが多く、境内には祖神講碑や参拝記念碑が残っている。現在でも、大工職や建設会社から、団体パスでご参拝に訪れるという。

 神事として特別に許可されている清酒造り「神酒醸造神事」(無形民俗文化財)の貴重な資料をわけていただいた。その「御神酒醸造許可書の写及申請書等の略記」によると、御神酒であり、神饌として神に供え、撤下の神饌をいただき、神人合一となる。見も心も神と一体となり、国家の隆昌、子孫の繁栄、幸福な家庭を築けるように神に祈る。
 また、延喜年間より醸造献供(濁酒)されていたとあり、その記録から数えても千百年以上の歴史があるという。

 現在は濁酒ではなく清酒を醸造しており、清酒の醸造は珍しく伊勢神宮、出雲大社、岡崎八幡宮、当社にしか許可されていないそうだ。要の水は社地の地下水を使用しており、戦後の農地法により神饌田がなくなったので、お米は氏子さんの奉納による。

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 この一夜造の神代酒は残念ながら販売はされていないが、館山市の鶴谷八幡宮で行われる安房地域最大の祭礼「やわたんまち」で振舞われ、神人合一、氏子和合が図られる。清酒は「やわたんまち」の前日に瓶詰めされ、当社も神輿を出して祭礼に参加する。

 神輿蔵内に掛けられている、所蔵の額や狩野派画家の川名楽山(らくざん)の描いた「莫H221124_0051_2越山神社正遷宮上棟祭式図」(明治22年)も拝見した。「莫越山神社正遷宮上棟祭式図」には当時の祭礼の様子が描かれており、資料としても貴重なもので、文化財にとのお話が出ているとのだそうだ。

 御神木の椎(スダジイ)は天然記念物、「子育てのシイ」として信仰されている。

 

村橋靖之氏 講演会 終了しました

 村橋靖之氏(NPO法人 ピース・フィールド・ジャパン理事長)の講演会を、8月26日(木)IZUNOME TOKYOにて開催いたしました。

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 NPO法人「ピース・フィールド・ジャパン(PFJ)」では、2004年以来、イスラエルの女子高生4名、パレスチナの女子高生4名、双方の指導者2名、計10名を毎年夏の日本に招待し、山梨県小菅村を中心とした自然豊かな山里での共同生活や地域の人達の暮らし、文化、伝統に触れることを通して、相互不信からの脱却を求め、強い信頼関係の構築に努めていらっしゃいます。日本からは17歳から19歳の女子4名が参加。

 その活動は『絆“KIZUNA”プロジェクト』と呼ばれています。

 村橋氏の活動は独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)のテルアビブ事務所所長としてイスラエル駐在時に、イスラエルとパレスチナが戦う現場を目撃して大きな衝撃を受けたことに始まります。

 パレスチナ問題はイギリスの三枚舌外交により第二次世界大戦後イスラエルが建国されたことより勃発。イスラエルが首都とするエルサレムは古代イスラエル・ユダ王国の首都。また、イエス・キリストが処刑された地でもあり、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教共通の聖地となっています。イスエラルはユダヤ教徒、パレスチナにはイスラム教徒が居住しています。

 ユダヤ教徒とイスラム教徒の敵対はパレスチナ問題により深まり、それ以前は比較的友好関係を維持していたのです。イスラエルが〝パレスチナからのテロリストの侵入を防ぐため〟に建設した分離壁(アパルトヘイト・ウォール)はパレスチナの町と町を分断し、経済・教育など住民の生活を圧迫しています。

 このような状態の中パレスチナからの参加者が保守的なイスラム教徒から非難される可能性もあり、ご苦労が絶えぬようです。イスラム社会では男女平等は難しく、また、女性の活躍の場が少ないので女の子に外国を体験する機会を与えたいという理由により、女子高生が対象になったそうです。

 村橋氏は、イスラエル、パレスチナ双方にとって中立な立場である、日本だからこそできる橋渡しだと訴えます。

 
日本は中東と異なる文化を有しており、双方の女子高生にとってどちらが優位に立つ事無く、初めての体験を共有します。また、日本の女子高生にとっても自国の文化、アイデンティティーの再発見・再認識につながるとおっしゃいます。
スライドでは、食事風景、彼女達のゆかた姿や小菅村のお年寄りにわら草履の作り方を教わる様子など紹介、柔軟性の高い女子高校生らしい屈託のない笑顔をしていたことが印象的でした。彼女達はいずれ母親となるのだから、このプロジェクトを女の子対象にして良かったのでないかとも思います。

 村橋氏をサポートする奥様によると、彼女達は空港で別れを心から惜しみ、母国に帰ってからもメールやチャットによる交流を続けているとのこと。私は特に、女性の進出が難しいといわれるパレスチナの女子高生達の今後の活躍に期待してしまいます。

第21回中級講座修了。祭式行事作法は地鎮祭でした。

 神職養成講座の中級講座が修了しました。猛暑の中、首都圏近郊、遠方は廣島から受講お疲れ様でした。

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  5日間の全日程のうち、今回2日間の受講内容は、神典講義・祭式行事:鯛の結わき方・地鎮祭を主に講義しました。

 御神饌に奉る鯛を美しく、傷めない様に手早く(必要以上に触れずに)結わえる為に皆さんに練習して頂きます。練習ですので小ぶりの鯛ですが‥‥。魚類は頭を上位(正中:神前中央)に向け海腹川背(海の魚は腹を川の魚は背を神前)に奉ります。日本料理でも同様に海腹川背に盛り付けるのだそうです。これは脂がのり美味しい方を向けるという心配りですね。

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 こうした心配りは神職作法の中にも見られます。例えば正中を横切るときに行う作法、屈行(くっこう)です。日常生活でも人様の前に横切らなければならない時、失礼します、といった具合に少し腰をかがめたりします。屈行もこれと同様です。神職作法は日常的に行う動作を洗練させたものですが、神に対する畏敬の念が日本人の心配りの源かもしれません。

☆精神(こころ)と作法(かたち)

宗教新聞連載中、神道つれづれ ●17●

― 精神(こころ)と作法(かたち) ―


奈 良 泰 秀  神職・「にっぽん文明研究所」代表 

私共の研究会では、二ヵ月に一度開催H17111927_0051しているセミナーや華道講座のほかに、“精神(こころ)と作法(かたち)を学ぶ”を標榜する新教派系の神職養成を兼ねた少人数制の古神道講座を開催している。数名単位で行なう寺子屋式とでもいうような不定期の開講だが、受講されるのは東京近郊よりわざわざ地方から来られるひと達の方が多い。微々たる人数でも、回数を重ねることで受講者は百名を越えた。手前味噌になるが、いまのところ、講座の趣旨や内容等に対して批判がましいことは一件も寄せられていない。マスプロではない、膝と膝を接しての心を通わす手造りの講座の良さを実感している次第だ。
受講する三人に一人は女性だが、受講者の経歴などは実にさまざまだ。単に岩笛や古神道に興味を持つ者から始まって、ヨガやカウンセリングや占いのグループなど自分の組織をもつ者、小規模ないしは中規模の教団の後継者や幹部、諸教の範疇にはいる神道系の教団に奉職している者、単立法人の神社の宮司職と、幅広い。講義の課目には陽明学や学術的な風水学、言霊学なども取り入れているが、受講目的は、神道の知識を得るため、有職故実などの教養のため、或いは祭式の行事作法の習得、行事作法の見直し、といったようにこれもまた様々だ。
私は講座について訊ねられると、神への真摯な思いの奉仕精神が、神事の行事作法に顕われると思っている、と答える。この講座がモットーとする“こころとかたち”を車の両輪と見る由縁だ。
近年、一般の神社で神職達の形だけの作法が指摘され、心の不在を多々耳にする。また、新教派系や新宗教系教団にあっては、教祖や教えへの想い、教恩に重きを置くことで、祭事の形をややもすれば軽んじているようにも思える。伝統宗教・新宗教を問わず、こころとかたちのバランスが取れてこそ、その宗教の発展が見られるものと信じる。
講座は講座開始奉告祭から始まるが、授業の冒頭に毎回言うことある。“神様を利用して商売してはいけない。”“今までの知識のみに捉われてはいけない。”そして神道の持つ中庸性を、伊耶那岐命の禊祓などからも読み取れることを教える。
黄泉国から逃れて来た伊耶那岐命は“筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原”に着かれ、身に着けていたものを脱ぎ捨て水中に入り禊祓をするが、“上流は水の流れが速い。下流は流れが緩やかだ”と言い、流れの程良い“中つ瀬”に入り身の穢れを洗い清められた。上流は流れが早く足を取られる。下流は流れはゆっくりだが深くて足がつかない。それで中つ瀬に入り身を清められる。過激でも冗漫でもなく、伊耶那岐命が中つ瀬を選ばれたことに神道の中庸を識らなければならない、といったことを伝えている。
講座のなかでたまに質問されるのは、神道と古神道の違いとは何か、ということだ。

そもそも神道は始めから“神の道”という概念や名称があった訳ではない。『古事記』の序文に、(天武天皇は我が国固有の)「神理を設(ま)けて俗(ならはし)を奨(すす)め」とある。この神理とは神の道のことで、“神の道を復興して良俗を奨励し、”と言う意味だが、良く神道の文字の初見で引き合いに出されるのが『日本書紀』の用明天皇の項。「(用明)天皇佛法(ほとけのみのり)を信(う)けたまひ、神道(かみのみち)を尊(たふと)びたまふ」。この場合、仏教との違いを区別するために、古来からの固有の神々を崇尊する道として、神道という語を使ったものだ。
また、古神道とは江戸時代以降の言い方だが、現在でも確たる定義づけはなされていない。一般的には三世紀の儒教、六世紀の仏教伝来以前の信仰を、古神道としている。だが私は、農耕民族のために成立した現在の神道ではなく、農耕が行なわれるそれ以前にあった固有の信仰が、古神道であると考える。それは人々が狩猟生活を送っていた縄文期の信仰まで遡る。当時の人々が自然の摂理、天運の循環のなかに生命の永遠性を見出し、大自然と神と共に生きて来た精神生活の基盤こそが古神道であり、現在の神道の源流がそこにあると思う。
神を祀るのには“神籬式”と“鎮座式”がある。仏教が入って来て寺院が建てられ、それに倣って神社も建立されるようになる。そして神々はその神社に鎮座するようになるがこれが鎮座式で、それ以来その形態が定着し、現在の神社神道に続いている。それ以前は、神は岩境などの神籬に降臨し、人々の神事が終われば元の御座に帰られるという神籬式で行なわれて来た。この縄文期からの神籬式の信仰を古神道とする見方は、ある意味で正しい。だが、この神籬式での神事も、稲作を持ち込んだ農耕民のためにも行なわれたことは間違いない。現在、神社に奉職する神職が臨時に依頼される外での地鎮祭などでは、神籬式の祭事を執り行う。古神道のかたちが今日に残っている例だ。
かたちといえば先に云った「こころの顕現が姿態となる」とは常々、受講生に伝えていることだ。神に奉仕する至誠の精神が、形として表現されるのが祭式の行事作法だ。
中庸を得た自然の姿の作法が望ましいとされているが、私は短期間で祭式の行事作法を習得させるのに、小笠原流弓馬術礼法の基本の六作法にヒントを得た。長い年月をかけて探求された作法の基本は、僅か、座る・立つ・歩く・持つ・回転する・お辞儀する、の六動作に集約されている。作法は点であり、この点を組み合わせる事で一つの行事を行なうことが出来る。更にこの一つ一つの行事の順序・次第を正しく立てることで大祭、小祭、臨時祭といった内容の異なる祭式が執行出来る。余分なものを削ぎ、短い期間で行事作法を教えるのは楽なことではないが、日常の基本的な六作法をこのように画期的とも思える祭事の指導法に取り入れた例を聞かない。六動作指導法の選択は正しかったと思っている。しかし、立つ、という作法一つ取っても、“立ち方三年”といって立つ作法がサマになるのに三年が必要、という喩えもまた、受講生達に伝えている。
いずれにしても“こころとかたち”のバランスを取るのは難しい。

「にっぽん文明研究所」公式サイト 神道つれづれ

☆森羅万象此の一点に在り

森羅万象此の一点に在り

40f42580-s  礒 邉 自 適

 今朝の映像は、事務局の西川氏が数日前に採って来て、灰汁抜きをした裏白羊歯のゼンマイを食べた所為か、ゼンマイの渦巻き模様が現れた。そして其れが、私のDNAの生命記憶を呼び起こしたのか「いのち」の全ての謎が解けた様に想われる。

始めに、ゼンマイの渦巻きが現れて、其れが開いて拡がって行く姿形が見せられた。
そして次に、鼠の様な小動物が餌を探しに出掛けるのに、右に行こうか左に行こうか迷いながら、首を左右に動かしている姿が視えた。
次には、私が衣食住に気を使っている仲間の祭りに顔をだすと、友人が私を見つけて、自分達のテーブルに招待し食事を与えてくれた。

其の男性は、自然の素材を天然の色で染めた服を、部屋一杯に展示して売っている店のオーナーだった。其の顔を見ると、奈良の学園前で自然食品店を経営している友人なのである。
其の店に、50歳くらいの女性客が一人で遣って来て、服を買いたいと云う。其の女性は、家屋の設計建築を行って居ると話し出した。

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☆神葬祭について考える(下)

神葬祭について考える
神葬祭の意味と「いやさかの森」構想(下)

高円寺 氷川神社宮司 山本雅道h17

神道霊園設立構想『いやさかの森』

 神葬祭は清楚かつ厳粛な日本古来からの儀式である。他方、神葬祭の祭儀の研鑽も必要だが、「まつりごと」の場の実現化、神道墓地の存在が問題視されている。現在都内では石浜霊園(荒川区)、稲足霊園(あきる野市)、近県では千代田神徒霊園(茨城 県)、やすらぎ霊園(栃木県)、武田神社まほろば霊園(山梨県)をあげることができるが、神葬祭のPRと共に、神道墓地の宣伝を大々的に行う必要がある。現在、教団主導型の神道墓地の造成が叫ばれている。ちなみに、K県では神社庁サイドで検討している旨をうかがい、一歩前進だと考えている。
 墓地問題は私達にとって避けて通れない課題である。そこで私たちは地球規模で生態系が瀕している危機を理解し、これからの文明と地球規模との関わりを、最も重要な課題として取り組まなければならないと考える。それゆえに、今こそ自然を出発点とした「かむながらのみち」を基本とした構想でなければならないと思考した。そのことが、とりもなおさず、かむながら(神道)における「まつりごと」であり、ここから神道における「まつりごと」の意義と役割を見出したのである。
 そこで神道霊園設立構想「いやさかの森」を紹介する。

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☆痩せて来ている日本

 屋久島の自適塾の代表 礒邉 自適(いそべじてき)氏よりメッセージをいただきました。

-痩せて来ている日本-

今朝のメッセージは、パソコンの画面が現れ文章は未だ書き込まれていなくて、左側の項目の所に「痩せて来ている日本」との内容で幾つものテーマが並んでいた。

 痩せて来ている日本の意味を考えるには、先ず其れと反対の事を考えて見た方が良いだろう。反対の言葉の一つに「富国強兵」がある。富国強兵とは、国を富ませ、兵力を強めることである。其の点で言えば、日本は世界で5本指に数えられる自衛隊と言う名の軍隊を有しているし、経済も世界の2位と言われているので富国強兵は完成されていると言うことが出来る。マスコミもNHKが有り世界有数の情報網を作り出している。
現状を見る限り、飢えて死んで居る人も見当らないので、何も問題が無さそうに見える。

 では、何が痩せて来ているのだろうか。一口で簡単に言えば見掛けは立派に成ったが中身が無く成って来ているとの事ではないだろうか。其れに付いて想い当る事を書き出して見よう。
(1) 国民全体の魂しいが痩せてきている。
(2) 教育の中身が薄く成って来ている。
(3) 家族関係が崩壊して来ている。
(4) 学校の先生の意識が低く成ってきている。
(5) 神社やお寺の施設は立派だが、本物の神主や仏が居ない。
(6) 食糧の国内自給率が30%を切り、先進国内では最低の水準である。
(7) 食糧が、科学肥料や農薬漬けになり、ハウス栽培が増え、正しい情報を蓄えて居る作物が無く成って来ている。
(8) 外食産業が増え、一番大事な食べる事のマナーや時間などが乱れ、人体の生命リズムが乱れ、いのちの絆が切れて行きつつある。
(9) 科学物質が生活環境の中に充満し、卵子や精子に害を与え、世界一の自然流産率に成って来ている
(10)若い女性が結婚しないし子供も産まなく成っているので、人口が先細りと成り社会構造が壊れて来る恐れが有る。
(11)一見、自然豊かに見える日本の山々だが、杉の木単一の山林は、輸入材の低価格が原因で、手入れが行き届かず荒れ果て、木材の質は落ち、山崩れや水不足の原因とも成って来ている。
(12)四方を海に囲まれ、水産資源に大変恵まれた日本だったが、技術の発達と乱獲に因り資源は激減し、温暖化の影響で様々な環境変化に因る災害が増えて来ているので、是迄の様に気楽に魚も食べられ無く成って来るだろう。
(13)お隣の中国が、益々産業を拡大すれば、吐き出された公害は皆日本の方に向かって来る。偏西風に乗って遣って来る其れ等の汚染物質は、皆日本の上空に降り注いで来るのだ。川の水は汚染され、作物は育たなく成り、日本海の汚染も益々進むだろう。

これらの事を挙げて行けば限り無く出て来るが、ここらで止めて総括して考えれば、産業の発達と環境は反比例するものだから、人口が増え経済を拡大すればこれらの問題は当然起きて来る。日本は、是迄になく産業を発達させて来たのだからこれらの問題が出て来るのは当然の結果なのだ。其の副作用として自国の文化は廃れて行き、国民のアイデンティティーは失われ、若者達はゆっくりと食べ物を噛まないで飲み物で流し込むので、顎が退化し、歯並びが悪く成り、親知らずどころか奥歯が生えて来ない者まで居ると聞く。是では、奥歯を噛み締めて頑張る・辛抱する。との言葉も死語に成ってしまうのではないだろうか。

 未来社会は、現在の若者や子供達が築いて行くモノである。其の、若者や子供達の身体や精神が蝕まれれば、未来への希望は消えてしまう。今朝のメッセージは、未来に対して我々が、今・何を思索すれば良いのかを伝えて来たのだろう。新しい形での、パソコン画面に因るメッセージに切り替わり17日で丁度1ヶ月が経ち、其の日から精神世界から現実世界に切り換わる事が知らされて来たが、今朝のメッセージの内容からすれば、正に三次元の現象世界に対して具体的な指示が出され始めていると考えられる。それを、愈愈・神が動き出したと喜べば良いのか、残された時間が迫って来ていると、危機感を持てば良いのかは私には判らない。私は唯、神と一体と成り、神界のパソコンに向かって、伝えられて来る事を理解しながら慣れない手で打ち続けるしか他に無い様である。
平成17年8月20日
礒邉自適
みいつ   
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/4883/
http://www17.ocn.ne.jp/~yjj

☆観音バンド

marui-bengoshi  麻文化研究会のセミナー講師としてお世話になりました弁護士・麻褌復興家 丸井英弘先生が音楽による麻開きの活動のため、有志で観音バンドを結成し、ライブ活動をなさっているとのこと。セミナーでは『麻の法律問題と今後の展望』について、また当研究所で発行している機関紙では(今回は麻特集)『大麻取締法改正と麻栽培の復興を』をテーマにした著述をいただいている。そんな丸井先生の外見の印象としては渋くて温和な感じです‥。

 ある日“奈良ちゃんと変風丸井を中心に麻を真剣に考える人たちで現在もメンバーが増殖し続ける観音バンド”という記事をみつけた、変風丸井とは‥丸井先生?、奈良ちゃんとは奈良大介氏。丸井先生から“音楽家のならちゃんの協力で「麻(あさ)の実、麻(お)の実」と「麻開きの歌」の曲が、完成しました。”とメールも頂いているし、やっぱり丸井先生なんだー、意外な感じがするような、しないような‥。

 当研究所の代表も奈良である。奈良代表は現在神職をしているが、若い頃ロカビリー歌手としてスカウトされた経歴があるし‥、代表には相談していないが、ゲストのボーカルとして出演依頼を丸井先生にお願いしてみようかなど考えている総務であった。

弁護士丸井英弘氏を中心とした麻の研究グループのHP麻と人類文化

-麻開きの歌-

作詞  丸井 英弘  2005年3月29日

1。
 麻は心を開くもの  麻は心を開くもの  麻は心を開くもの
 心が開けば、平和な気持ちになれる  心が開けば、平和な気持ちになれる。
 心が開けば、平和な気持ちになれる。
 平和な気持ちは、地球平和の基    平和な気持ちは、地球平和の基
 平和な気持ちは、地球平和の基
 麻は心を開くもの  麻は心を開くもの  麻は心を開くもの

2。
 地球は母なる大地なり  地球は母なる大地なり  地球は母なる大地なり
 母なる大地を大切に   母なる大地を大切に   母なる大地を大切に
 麻は大地を癒すもの   麻は大地を癒すもの   麻は大地を癒すもの
 麻は地球を癒すもの   麻は地球を癒すもの   麻は地球を癒すもの

3。
 麻は大事な資源なり  麻は大事な資源なり  麻は大事な資源なり
 麻は衣食住の素材なり 麻は衣食住の素材なり 麻は衣食住の素材なり
 麻は人類を救うもの  麻は人類を救うもの  麻は人類を救うもの

☆七福神は世界を巡る(下)

h17  建築文化史家  一色 史彦

(財団法人 茨城県郷土文化顕彰会 理事長、㈱建築文化振興研究所 所長)の著書『大顕の小社寺遍路(上) 一色史彦の世界』から七福神は世界を巡る(下)です。

 ☆七福神は世界を巡る(下)

前回のお話の続きをしますお声を出してまた七回、七福神のお名前を唱えてみて下さい。エビス、ダイコク、ビシャモン、ベンテン、ジュロウ、フクロク、ホテイサン。

 覚えて下さったようですね。

 今回は、残りお三人、唐(中国)から来られた方々のお話から始めることにします。

 寿老人 長命・延寿授けてくださる、いわゆる長寿社会の日本にふさわしい神様ですね。傍らにはいつも鹿を連れています。中国書物に、鹿は生まれて一千年経つと青鹿となり、また五百年経つと白鹿、更に五百年後は玄鹿になると書かれています。こうなると肉は勿論、骨の髄までも黒くなり、これを食すれば二千年の寿命が保証されるのです。中国では黒色は縁起の良い色でもあるのですね。

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