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霊能者

 私共の神職養成を兼ねた寺子屋式の古神道講座には、さまざまな人たちが受講している。少人数制だが、年齢も10代から70代までと幅広い。職業も学生、家庭の主婦、美容師、IT企業の起業者やカウンセラー、僧侶、医師、修験道や神仙道の関係者、神社本庁の明階取得者、単立神社の宮司、神道系や教派系教団の祭事従事者などなど、職種だけで紙面が埋まってしまう。また、受講の目的もまたさまざまだ。

 例えば医師は、「病室で朝亡くなった患者のベッドに夕方新しい患者が入ってくる、慰霊と清祓いの神道作法を学びたい。」自営でヨットを所有する受講生は、「海へ出ると“板子一枚下は地獄”がいつも頭の片隅にある、自分で海上安全祈願をやりたい。」神社の氏子総代の子弟は、「本務神社の神職は一年に一度の大祭きり来ない、ふだんは自分たちでお祭りをしたい…。」意外に多いIT関係者は、日々無機質な機器に囲まれていることでか、心の潤いと拠り所を古神道に求めているようだ。


 あとで判ったが、身分を明かさず修験の大物の受講生も居た。講義中に、「占い師は人のことは解かるかも知れないが、本人はあまり幸せじゃないみたいだね」などと話しをしていたら、一番前の席に中京で有名な占いの先生が座っていた、なんてこともある。

 そのなかで、霊能者と称している、または自認している受講生もいる。『大辞林』に霊能者とは、「日常と非日常の世界を媒介する特異な資質をもった宗教的職能者。預言者・シャーマンなどをいう」とある。それと、意識しなくても受動的に霊的なことを感じる霊媒体質な人もおり、これに対し意識的に霊的な能力を発揮できる人を霊能者とする見方もある。

 いずれにしろ周囲にそのような能力を見せることで、それを信じる人たちによって組織化され教団が成立していくのが常道だ。講座にも自分は霊能者と勝手に思っている人から、会員というか信者が数十名程度のミニミニ教団から、数千人規模の教祖か教主となっている人もいる。なかには、いつも信者にかしずかれていて自分は特別な立場に居ると思い込み、特別扱いされて当然という態度の者も居る。そのような人は上のクラスに進むごとに、神道についての知識の無さや作法の下手さに気づかされ、大概が借りてきた猫のようになる。そのような人が居ると、講座のなかでさり気なく師の話しをしてやる。

Mizoguchi1_6   師の先々代宮司・溝口似郎先生は類いまれな霊能者だった。著書『予言部隊長』もあるが、戦時中の激戦地で、上からの作戦命令を霊視によって変え、戦死者をほとんど出さなかったことで有名である。死刑囚としてモンテンルパ刑務所に収容されるが、先に帰国した部下たちがGHQへ通い詰め、必死な証言を繰り返し、当時では珍しい再審で冤罪が晴れた。帰国後は、“神に生かされた命”と敬神の念篤かった。下っ端だった何年間か、師の鞄持ちで崇敬会の支部などにお供をしたが、霊能者の能力はこのようなものだというのを度々見せられた。その辺りのことは前にサイトの中の
『神道つれづれ』(47)に書いた。

 師の許に通う前後の約五年半、瞑想や修法やなどに修行と称して明け暮れ、一日も働かずに居たことがある。その頃、名古屋の病院の院長に可愛がられていた。暇があるので空手をやっていたこともあり、ボディガード役で何度か海外旅行に連れていって貰った。

 この院長と師を引き合わせた。院長は自分の家の神棚には天武天皇の皇子・忍壁
(おさかべ)親王(しんのう)の御霊を祀っていると話すと、師は瞑目して沈黙してしまった。そして暫く間を置き、「お宅に祀られているのは稲荷です」と云う。「いや~、そんな筈ないな…」院長はしきりに首を動かしながら私に向かって云うが、師はそれきり黙ってしまった。

 半月後、院長と名古屋駅で落ち合い、師と一緒に院長宅を訪ねた。神棚を開けると、金ぴかの稲荷の神璽が鎮座していた。

 「この程度のことが見えるなら霊能者として認めるけど、出来ないんじゃ霊能者ヅラすんなっていつも云っているんだけどね!」。これで大体霊能者然とした態度は取らなくなる。

 霊視に興味を持つ者や講座などで、ことあるごとに言っている師の言葉がある。

 「霊的なことが見えるための修行など止めなさい。見えるとかえって判断を誤る。見えなければ真剣に神に祈る。祈りが神に通ずることだけを考えればいい」。いまも心に響く師の言葉だ。

 これも前につれづれに取り上げたのが、二十数年間、アイヌの怨霊や狐霊の怪異現象に悩まされ続けた作家・佐藤愛子氏の『私の遺言』(新潮社)。この中で、宜保愛子とおぼしき霊能者に、若くして亡くなった兄があなたを守っている、と言われて、彼女は、それはおかしいと疑問を呈している。兄は自殺したのだ。自殺者の居る暗黒界の兄が、自分を守れる筈はない。

 霊能者は、普通の人が見えない窓の向こうを見るようなもので、次元の違う世界を、別の窓や見る角度や視野で、すべて一致するとは限らない。窓の向こうに兄の姿を霊視できたとしても、肝腎なことは、見えるものをどう解釈するかで、霊能者の本当の力量が問われるのだ、といったことを言っている。

 その通りだ。

 師の“判断が誤る”というのはそのことだ。例え神の姿が見えるか声が聞こえるとしても、正神か邪神か、高級霊か低級霊なのか、正確に判断できる霊能者がどれだけ居るのか、はなはだ疑問だ。

 このような話は、神社界ではタブーとされる。形式のみの祭式だけやっているいまの神社じゃ、幽霊も満足に祓うことも供養
(とよう)することも出来ないだろう。

 明治になり、政府は、陰陽道や修験道を廃止し、永い年数の上に形成された神仏習合を、無理に分離させた。それまでの信仰を無視した当時の宗教政策から、いまの片肺飛行になってしまった。いずれこのことは書きたい。

 

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コメント

不躾ながら失礼します。
奈良先生は、霊能力はあるのでしょうか?
霊能無くして、神霊に祈りが通じたか通じないかどのように見極めるのですか?神職には霊能力等必要ないと云うのは、果たして正しい態度でしょうか?

ブログをご覧頂きまして有難うございます。

早速でございますが、私に霊的な能力はありません。
霊能力無くして、神霊に祈りが通じているかどうかを見極めることが出来るのか、ということを仰っておりますが、そうなりますと霊的能力のあるひときり神霊に祈りが通じたかどうかを判断できないと言うことになりますが、私はそうは思っておりません。
私が申し上げたいのは、見える見えないは別にして、神に祈る者は、通じたかどうかを確認するよりも、祈りが神に通じるようひたすら真摯に祈るという姿勢、この姿勢が必要ではないか、ということです。そして常人が見えないことを見える人は、見えることを公言してそのことを信じて救いを求めて来る人たちがいるとしましたら、その人たちを正しく教え導く責任があります。
私の講座にも霊能者の方が何人も受講されておりますが、“教え導く責任”を常に云っております。霊能者が通じていると信じている神霊が、邪神か低級霊だったとしてら世間に誤った情報を与え、悪い方向に導いてしまう可能性もあります。
“その人の相応しい神霊が懸かる”とは良く言われることですが、霊能者は感性だけで捉えるのではなく、教養に裏打ちされた審神者(さにわ)としての役目も担わなければなりません。
また、神社本庁始め神社界は、神社には神が鎮座しているので新たに神を降ろす“鎮魂帰神”は必要ないという考えです。サラリーマン的神職が多くなった現在、神への真摯な祈りが欠けているように思えますが、元を糾せば明治の神仏分離令で神と神職の交流を遮断したことが原因します。
神職は真摯な祈りを取り戻し、その後に神との交流のための霊的覚醒を計るべきです。或いは神職は、明治以前の神仏習合の信仰形態を学ぶことも必要だと思っております。
蛇足も多くなってしまいましたが、私の考えはお解かり頂けましたでしょうか・・。
では失礼します。

初めて書き込みさせていただきます。神宮寺イソメです。

”神様はいつもその姿をお見せにはならない”という基本と『“鎮魂帰神”は必要ない』には矛盾を感じますね。お寺に出向き仏像に手を合わせる時、決定的な違いと仏と神、共に大切である事を思います。

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