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韓国YMCAフォーラム ①

 前回の憂国烈士慰霊祭の行事に参加することになったのも、思えばちょっとした人の縁というものを感じる。

 何年か前に遡るが、何度か祭事指導に行っていた福井の新興教団の秋季大祭に招かれた。教団の所在地は市内を離れた山の裾野にあるが、式典は日暮れより始まる。

 11月始めの夕刻、少し肌寒さを感じる現地に、横浜からスタッフに運転してもらい車で直行した。受付けを終えて職員に案内されて来賓室に入ろうとすると、入口の方から怒鳴り声が聞こえた。混雑している入口に戻ってみると「俺を朝鮮人だと思ってバカにしているのか!」と、体格のいい中年の男性が興奮気味に声を張り上げている。何処かで一度会ったかな、といった程の記憶の人だ。少し離れたところで顔見知りの新聞社の編集者がうろたえ気味に「教主は?、教主は?」と訊ね回っている。まぁまぁと男性の肩を押さえてなだめようとするが興奮状態は治まらない。

 事情を聞くと、編集者が韓国の新聞の支局を預かる彼を誘い、地方の教団の祭典を見ようと東京からやって来た。彼は在日の人たちに日本語の新聞も発行している。編集者は教主と懇意なので気軽に誘ったようだ。

 事前に教団に知らせていなかったので受付けの名簿に彼の名前は無い。長年の信者で大祭スタッフとして狩り出された純朴な家庭の主婦は、“名簿以外の人は来賓室に入れないように”と厳命されていたらしく入室を拒んだ。編集者が教主を捜している間に何度も朝鮮読みの名前を聞かれ、挙句に拒否されたことで怒りが爆発した。いくらなだめても態度を変えない。ついには大声で帰る!と云い出した。車の走る市街地まで相当の距離があるのに、夕暮れが迫るなか、背中を見せて帰って行った。

 後日、教団の教主から謝罪を頼まれ、編集者と一緒に会って話をした。彼は貿易業を営む事業家でもあり民団の要職にも就いていた。

 これが縁で、在日系の大会などに何度か招かれ、彼の講演を聴く機会ができた。日本を第二の故郷と思い日韓の友好を願うまっとうな熱のこもった講演には、いつも共感させられた。

 そして昨年の9月、神田の韓国YMCAで開催される在日のひと達のフォーラムで20分ほどの講演を依頼された。ほかに5,6名の講師がいる。昨年は日韓併合100年という節目の年。この100年の歴史を超え、次の100年で新たな日韓友好を構築し、更に分断された南北の平和的統一を推進する大会だという。

 当日は朝鮮総連系も含めた在日の人たち数百人が会場を埋めた。

 大会の始めに「日韓併合への道」という東映が制作した映画が上映された。20分足らずだが韓国の視点で捉えた映画で、日本が朝鮮半島を武力で侵略し、高圧的な植民地支配を行なったことを強調している。傍若無人な日本人が朝鮮人を虐げている構図だ。私の前に登壇した元大学学長はこの映画の感想を、「日本は朝鮮半島でずい分酷いことをしたと思いました」、などとコメントしている。その前の講演者はある著名な神社の名誉宮司だが、「私は毎日、神社で世界平和のための祈りをしております」と映画や日本の植民地支配時代の話しには一切触れない。

 またその前の講演者は、総連系の団体の役員だろうか「韓国では古米備蓄に大金を使い、更に古くなれば動物の飼料にしている。どうしてこれを北に送れないのか」といったことを言っている。普段見慣れた講演会やセミナーとは雰囲気が少し違っていた。

 最後から2番目に登壇した私の話したことは、前のひと達とは異なった話しとなった。
 
 (次回へ)

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