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『重陽の節供と菊の香り』

9月9日は「重陽の節供」。

 7世紀の末頃に中国から我が国に伝えられた重陽の節供は、元々旧暦の9月9日の行事で、菊の節供とも言われた。本来、菊は10月が盛りの花だから、いまの暦に旧暦の日付だけを当てはめ、9月の菊の節供といわれてもピンとこない。 重陽とは、陽の数が重なるという意味である。古代中国の陰陽思想では、奇数は貴に通じ吉祥の陽の数となり、偶数は陰の数とされた。一桁の数の最大の陽数である9が重なることで重陽、または重九(ちょうく)と言われた。

 中国の伝説がある。むかし、仙人が弟子に、“今年の9月9日にお前の家に災難がある。家の者に嚢(ふくろ)を縫わせ、それに茱萸(しゅゆ、和名:カワハジカミ)を盛って臂(ひじ)にかけ、高い処に登って菊花を浮かべた酒を飲めば災禍(さいか)を免れる。”と云うので、弟子がそのようにすると家人に災難はなかったが、家畜が身代わりになってすべて死んでいたという説話である。これが重陽の節供の起源とされる。のちに、この日には茱萸を身につけて山や丘に登って山野を眺め、菊花酒を飲んで長寿を願い、災厄を祓う風習となる。また、お経を菊の葉に書き、菊の夜露を飲み、童顔のまま齢(よわい)八百歳を保った菊慈童(きくじどう)の故事もあり、中国の宮廷で重陽には、茱萸を肘(ひじ)に下げ、菊酒を飲んで長命延寿を祝う行事を2日3日と続けて行っていた。

 菊の原産地は中国だが、原種は不明とされる。古来、日本には自生していなかったようだ。その証拠の一つとされるのが日本最古の歌集『万葉集』である。万葉集には4516首の歌が収められているが、自然を詠んだ歌も多く三分の一の、約1500首に植物の名が記されている。(ちなみに一番多いのは140首近い萩、次120首近い梅、意外に桜は少なく五番目で僅か40首余り)江戸時代の万葉集研究で業績を残した国学者・鹿持 雅澄(かもち まさずみ)は、万葉集には157種類の植物が載せられていると謂っている。しかし、この7世紀から8世紀にかけて詠まれた歌集の中に、菊を詠んだ歌は1首もない。それまで、日本に菊は自生していなかっただろうという訳である。

 8世紀には度々遣唐使を送り、大陸からさまざまな文物を導入し、天平文化を開花させた。菊は一この頃に薬用として中国から伝来したとされる。しかし、既に7世紀後半には天武天皇が崩ずる前年の九月九日に、『日本書紀』に重陽の宴の初見とされる“安殿(あんどの)の庭で宴”を催されたという記事があり、このように菊の伝来は、はっきりしていない。

 万葉集にあるように、当時は、花と言えば馥郁とした香りを放つ梅でした。9世紀になると、当時としては中国的な薫りのする菊は、瞬く間に平安貴族の心を虜にして競って栽培されるようになる。菊は上流社会で園芸的に栽培され、華やかな“菊花の観賞”は朝廷儀礼の重儀となっていく。そして時代と共に中国の故事を日本風にアレンジして“菊着綿(きくのきせわた)”という風習になる。菊の花を綿で包み、菊の香りの染み込んだその綿で身を清めれば、長寿が叶うというもの。菊の香りが延命長寿を促すのだ。日本人の感性に香りがフィットしたのだろう。

Photo_3  平安期に貴族に愛好された菊が庶民にも親しまれるようになったのは、室町時代の初期の頃と謂われるが、江戸時代になると、肥後菊のように武士の修道(しゅうどう)として菊が栽培されるよ

Photo_4

うになる。京都の大覚寺で嵯峨天皇が自ら栽培した故事の縮れた花弁の嵯峨菊や、細い花弁が垂れ下がる繊細な伊勢地方の伊勢菊や、開花が進むにつれて花形が変化する狂菊(くるいぎく)の江戸 菊など、さまざまな種類の菊が生まれていく。

 菊は、野山に自生する野生菊と、イエギクと呼ばれる栽培菊とに分けられる。この栽培菊は、大菊(花径18㌢以上)、中菊(花径9~18㌢)、小菊(花径9㌢以下)と花の大きさで区別されるが、開花期でも春菊、夏菊、秋菊、寒菊などに分けられる。栽培菊で最も多いのが秋菊だろう。秋菊は、最近まで日が短くなると開花する短日性を持っていたが、品質改良や日照時間の調整などで周年切り花が生産されるようになった。

 菊を愛好した後鳥羽上皇が菊の紋をつけ始め、いつしか皇室の御紋章にもなった。現在では全国各地で菊花展が開催され、その数は数万とも謂われる。東京だけでも数百はあるようだ。菊は日本人にとって人気があり、また特別な花でもあるのだろう。     

奈良 泰秀     


世界日報・日本文化の歳時記 長月編    
“ニッポン・スピリチュアルの世界” 講話会 大島 櫻彩氏講話会 配布資料  より

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